ハ腸調。

2008年05月31日 18:34

朝はいつも通りだった。ただ、
変な時間に
変なお昼を食べて
変な格好で寝たら、やっぱりお腹が
変になった。

朝はどら焼きを食べて、それから3時位にチョコレートのお菓子みたいのとカロリーメイトもどきを食べて、おーいお茶を飲んで、上着を着ずに椅子の上で寝たら、やっぱり腹が下った。
慣れてるつもりだったけど、久しぶりにこんなに痛かって、でもとりあえずいつも通りに腸の中身を出してみた。人間が、どういうシステムで活動してるのか、その片鱗を見た気がして、いつもながらに人間はよく出来てるなと思う。

たださ。
これからまたすきっ腹に夕飯。
また下りそうだな。
でもリバースよりましか。

痩せれそうかな。
こんなんはよくないんだけど。
またすぐ戻るんだけど。

・・・人の事言う割には自分もなってないんだけど。

でも、今日は凄く楽しかったから、良し。
あと数日で、この日々も終わるけど。

終わってしまうけど。

鱈レバ。

2008年05月30日 23:58

「あいつ、自分が一番正しいと思ってる。」

どうやら、非難の言葉であるらしい。
じゃぁ君は、自分が「これは間違った道だ」と思う方向に進むのが、真の正しさだと言うのだろうか。

理想像が見えている時、人は恐ろしいスピードで走って行けるのだと思う。
自分の場合は、そこに他人が絡んでこないと駄目なんだけど。
とにかく、走ってる時に、雑音は聞こえないんだと思う。聞こえたとしても、無視して走るのが、良いと思う。
少なくとも、自分がそうだから。
何かに気を取られて、立ち止まってる間に、少しでも進めるから。

そうやって走ってる時が、自分が一番生きてるんだと思えるから。

引っ張り出して推敲。

2008年05月29日 23:42

でも未だ、改善の余地有り。
・・・。
気合入れて書くと、やっぱり解りにくい・・・。


・・・元々、人に送ろうとして、引っ張り出して、直したもんなんですがね。
消えちゃったらもったいないので、ここに。










・trip。


「生きている」という事は、恐ろしいことだと思う。

満天の星空を見上げる。あんまりに見過ぎると、心拍数が上がって身震いがする。
今自分が見ているものは「空」ではなく「宇宙」なのだと感じる時、「空」という平面に張り付いていた星が奥行きを持って迫ってくる。左右上下今此処にある総てが宇宙に包まれているのだと、井の蛙がたまたま水桶に入って引き上げられていくような錯覚に陥り、其れと同時に脳内で急速に視点がズームアウトする。自分に対して、認知しようとする世界の範囲が格段に大きくなる。その内、メモリ不足でパンクする。自分という存在が不確定になって、今「物に触れられる」という事すら恐ろしい。

生きている。というのはどういう事だ。
動いている事か。呼吸をしているという事か。心臓が動いているという事か。

脳が機能している――認知している。という事か。

トマトは赤い。リンゴも赤い。だがそれはきっと、たまたま人間がその光の反射を「赤い」としているだけで、本当に「赤い」訳ではないのだと思う。例えば、(よく見れば体に特徴があったりするのかもしれない。ただ、)普通の人間は、モンシロチョウの雄雌の判断が出来ない事が多い。両方、「白い」から。ただ、これを彼らの目で見れば一目瞭然なんだそうで。人間には、赤外線を認知する機能がないんで、まぁしょうがないんですけど。
「自分達とは違う色を見ている生物がいる。」それを知った時に真っ先に思ったのが、自分の見ている赤と他人の見ている赤が本当に同じ色なのかどうかという事だった。トマトは赤いしキリンは黄色。一見共通の色を見ているようで実は皆、個々で認知して見えている別々の色に共通の名前を付けているのではないかと。自分の脳内で「見えて」いるこの「赤」という色は、友人の脳内の中では「黄色」として「見えて」いるのかもしれない。ただ、友人は自分の中での黄色を「赤」と呼ぶから、皆それぞれに違う色をイメージしている事が判らないのではないかと。其れに気付いた時は脳みそが振られる思いがした。一人で舞い上がって、自分が何を言わんとしているのかを解ってくれそうな人の処へ行っては、その自分の中の落とし穴の様な発見について気の済むまで喋った。
「たださ。もし仮にそれが正しかったとしても、何も不便な事は無いよね。」
当時の理科の先生の一言はどんな消火器よりも強力で、脳みその中の発熱体は一瞬にして鎮火された。ただ、そこに燃えカスとして残ったのが、「人によって認知している世界は違うのかもしれない」という事だった。

痛い 甘い 寒い まぶしい 苦い 熱い 嬉しい 悲しい 面白い 好き 嫌い 微妙 ・・・etc
これらはみんな脳が認知している事で、空の青さも、風の心地よさも、トマトが赤いのも、全部この脳みそのせいなのであって。逆を言えば、脳の一部が支障をきたしていれば、「痛くない」「笑わない」という事が起こる。ただ、それは極端な例であってもっと身近な所で言えば、怒りっぽい人、よく笑う人、涙腺の緩い人、甘いものが好きな人、辛いものが駄目な人。それぞれみんな、それぞれの「認知出来る世界」で生きていて、その「世界」は総て脳が認知する事によって成り立っていて。
極端な話、誰かを暗室に閉じ込めて脳に電極を刺していろんな刺激を与えたら、その人は勝手に泣き出したり、何も食べていないのに辛いと言ったりするんじゃないかと。そう考えているとちょっと怖くなってしまうんですけど。
でも、実際に自分達が今そうだったとしたら。
今マウスに触れていたり、服でもなんでも。それは本当にそこにあると言い切れるんでしょうか。脳が騙されていませんかね。今ここに在る総てが、脳が勝手に勘違いして、あるいは(ちょっと病的ですが、)神のような存在の誰かに操作されて出来た虚像なのではないかと。机も自分も日本も地球も銀河も、泡構造の宇宙も、この世界全体の存在も、脳が騙されて出来た虚像でないと言い切れるんでしょうか。本当に、自分は此処に居るんでしょうか。

ただ、
自分にとって生きるというのは「認知」です。
と言ってしまった以上、矛盾まみれになるのはやむをえず。それが虚像だろうがなんであろうが、夢であろうと現実であろうと、自分がそれらをしっかりと「認知」している限り自分が生きているという何よりの証拠となってしまい、自分の中で破綻する訳で。
情けない。

そうやって、結局何について考えていたのか判らなくなって、ただ身震いの感覚だけ残る。それを落ち着かせる為に、ばしゃばしゃと洗面器の水を見た。宇宙は、広くて怖い。だから、小さい世界に逃げ込んでみる。
この水も自分もプラスチックも、元を正せば総て3種類の微細な粒子から出来ていて。「認知」をする為の脳みそも例外ではなく。その粒子の中にも、やっぱり粒が入っている訳で。中性子の中には何があるんだっけ。その中には、その中には、……そうやっていやっていくと、確かまた、「4つの力」とか出てきてしまう。技術はずっと進歩している筈なのに、ギリシアの四元素説と似たよ様な雰囲気を醸しているように思うのは自分だけであろうか。結局また戻ってきてしまったような、そんな気がする。
世界は循環しているのだろうか。

そう。
一つファンタジーが許されるなら、自分が宗教でも創ろうものなら、この世界が「環」になっているとそう信じたい。

例えばの話。
自分の右手。骨とか筋肉、未だ人間が作る事の出来ない色々な物で構成されている。その中を血液が循環し、ヘモグロビンが酸素を運び。その他数えきれない程のカラクリで自分の右手は今、動いている。それをさらに拡大して見ると、それらは総て元素で出来ていて、元素は電子・中性子・陽子で出来ていて、それらは素粒子で出来ていて。無限に続くマトリョーシカの奥の奥。じゃぁ、その素粒子の中には何が入っているのかと考えた時に。

そこに、この世界が入っていたら。

素粒子の中が、メレンゲのような泡構造になっていたら。泡構造を構成している銀河が見えてきて。その銀河の端の方、太陽系が見えてきて。そうすると地球があって。日本もあって。人間が居て。その右手があって。

その手の中には、何個の宇宙が詰まっているのだろう。
その手の中には、何個の世界が詰まっているのだろう。


そんな、ファンタジー。
これを思いついた当時は、ウロボロスの蛇をまだ見た事がなかった。だから自分の中では、小さいところ(素粒子)に大きなもの(宇宙)を無理やりにでも突っ込んだ画期的な考えだと、そう思っていた。だがやがて本の中で蛇と会ってしまい、それも鎮火された。前例がしっかりあるじゃんか。「もう考えるのやめようかな」。と投げそうにもなった。だがやはりそこには残るものがあった。自分が今考えた事と同じような事を昔の人も考えていたという、「環」の安心感。勿論、自分の即興的な考えより蛇を最初に考えた人の方が凄いと思うし、例えとしてこれを引っ張ってくるのはなかなか怖れ多い事だが、考えの中で「環」や「繰り返し」の様なものがあったりという事が、素粒子を追いかけている内に四元素説の雰囲気を帯びてきたのと少し似ているように、自分は思う。

ただ、宇宙は自分で、自分は宇宙で。なんて、自己中心的で閉鎖的で非現実的。他人やその他、自分のまだ理解しえない領域に関しての現象をも総て自分の脳が設定したものだというには、いささかこの世界は複雑すぎる。確か理科について考えていた筈だったのだが、いつの間にか哲学なんだか歴史なんだか見境がなくなってきた。ただ、とりあえず「環」という完結した形として捉えた方が落ち着いておこうという訳で。

考え始めるときりがなく。書き始めると何処で止めたら良いのか判らなくなって。ああでもないこうでもないと書き直しても書き直しても上手く言い得てない気がするのは、自分自身で考えてる事が上手く解っていないという事か。
参ったなぁ。




柵。

2008年05月29日 00:02

人間が、刻を造った意味はなんだろう。

最初で最後。

2008年05月27日 22:29

人生で、最初で最後だと思う。

六十数枚の、500円玉。

・・・。
どうして500円「玉」なのに、単位は「枚」なんだろう。

差。

2008年05月26日 23:30

人を巻き込んでいるか、否か。

パラレル。

2008年05月25日 23:39

やっぱ両足あるから良い訳で。

何かと同時進行ってのが、バランス良い訳で。

頭中の物を、この目にする時。

パフェとクレープ(推敲)。

2008年05月24日 23:50

自分は変だと認識している自分から見て変だと思っていた人から自分は変だと言われたという事は、予想以上に自分が変だったという事なのだろうと思う。

自分は変だと認識している自分から見て、
変だと思っていた人から
自分は変だ
と言われたという事は、
予想以上に自分が変だったという事
なのだろうと思う。

集中して文を書くと、何故だか凄く解りにくい文になってしまう。

暖かくなって来る頃から。

2008年05月24日 23:41

最近、カテゴリー「詩っぽい日記」しか更新されてないのは、携帯から送る事が多くなったから。

ここ2、3日、弾かれたかのように更新しているのは、
2008年5月
の隣にある括弧の中が1ケタなのが、自分的にやるせないから。

靴底。

2008年05月24日 23:30

今を生きない人に、明日は無い。

とかなんとか、柄にも無い事を言ってみる。

爪、切ろう。

味。

2008年05月23日 21:46

チビの時からずっと一貫して「好き」と言える食べ物はないだろうと思っていた。

訂正:粉チーズ。

そして今日初めて気付いた事は、パフェという食べ物にはアイスが入っているという事。

なんか・・・・・・やっぱ全部別々に食べた方が旨いと思うよ。

跳・個人主義。

2008年05月22日 22:35

3年以上前から、判ってたさ。
結局、自分にチームプレイなんか出来やしない。
果たしてここは自分が飛んでよいものだったのだろうかと、後になっていつも思う。

そして、良くも悪くも人間というものを「もの」として捉えない方が賢明だ。
人間とは、現象であるかにような。(not誤字)

人間を、信じるなとまではいかずとも、何か天気のような移りゆくものとして。

いつかの、あんまり好きじゃなかったり疑問に思ったりする言葉(メモ)。

2008年05月22日 01:20

絶対

挙句の果てに

普通、

あり得ない

どうして解ってくれないの?

無駄な

陥状的。

2008年05月16日 23:50

あんまり良くない。
今の自分にとっても、この先の自分にとっても。

ただ、
この線の交点が見えていて変えられないとしたら、残りの線分を噛みしめないと、さ。

コピー&ペースト。

2008年05月14日 23:38

耳から入って、口から出ていく。
いつもそう。
耳から入り過ぎて、溢れて出ていく。
其れに気が付く度、コピー&ペースト。※受け身形

中でも今回は、ちょっと早い目。
否、自覚する程、流れは速い。

まぁ。うん。

左斜め上。

2008年05月11日 23:49

目の端に、生き物の居るようだ。

地元から電車で3つ目位の処いら辺の車窓から。

2008年05月05日 00:58

鏡だ。

底無しの水面が映る、鏡だ。
飛び込みたい位、

そう。
もうすぐ風の走るのの見える季節が来る。

走らなきゃ。

こういう時。

2008年05月01日 00:47

やはり後悔はしておくべきものだ。

そう思う。
エンジンがかかった途端、燃料に変わる。

さ、大変だ。
うわの空。


最近の記事