カフェゼリーパフェ。

2015年02月19日 23:52

今日は研究室配属の日だった。先生は相変わらず説明時間を超過して、でもすっぽかした去年よりはマシだったかな。新しい配属生は予想通りの3人で、みんな院に行きそう。

彼らとは、1年しか一緒に居られないんだなって、少し、いや、かなり惜しい気分。
ここからの時間がかなり惜しい気分になって、新しいカテゴリを作っちゃったりしてね。

あんまり現実をそのまま書くのは好きじゃ無かったんだけど、ここからの1年の時間を少しでも少しでも、ここに留めて置きたい気分なんだ。

相変わらず自分の実験はトラブったままだし、学会用にやってる実験は盛大にミスったし、新入生受け入れてばたばたしてたら1日終わってたし、自分は相変わらず自分です。
どんどんしわ寄せが学会に積もって行くんだけど、でも多分、明日も新入生に世話焼いて終わるんだろうなぁ。

サークルの代替わりはさ、まだ先輩が居たからこんなに重くなかったのかな。まぁ、部長じゃなかったからかな。

上2人が出て行ってしまって、自分1人M2になることが、
至極至極、悲しくて不安で、楽しみだね。

でも大丈夫、
ようやくようやく、実験結果が悪いのは自分のせいだけじゃないって、
思えるようになったから、

あと1年、先生と、たくさん、話そう。

道。

2015年02月15日 22:51

生きる、について。

自分は、選択をしてない、という点で。


毎日自分が何を食べるか決める事。
何を着るのか決める事。
いつどこにいくのか、何が好きで何か嫌いか、
決める事、選択する事。

踏みしめたアスファルトの下の土が、
アスファルトを作った人敷いた人踏んだ人を
自分まで伝えてくる。

変な形のビルも、磨かれたガラスも、
通り過ぎてゆく車のエンジンも、
冷めた信号機の一粒一粒も。
いつかの誰かの一瞬の中から出てきて蓄積されたものを、
今自分が風の中に流してる。

積んだ時間を瞬間の目的に換えて、
今の時間が生み出されていってる。


自分が、この世界に蓄積出来ている事は、なんだ。
自分で自分を選んで引っ張ってきた事は、なんだ。




「自分の意思」は蜃気楼で、制限の中で飼われているのが自分。
瞬間の周りの人の意思が合成されてその中で囲われていたのが自分。



どこに行っても良い、
誰と喋っても良い、




何を好きになっても、良い。
何を好きと言っても、良い。
何を求めても、


そうなった瞬間、
自分が何が欲しかったのか分からなくなった。

ほんの少しの小さなくだらない欲、線香花火。
続かない時間、
自分を断続的に動かせる衝動は、
自分の生きる為の選択は、



結果が答えになる信者だから何を選択しても大丈夫だろうけど、
選択する為のエネルギーが、ちょっと不足している気がする。

0・0・0。

2015年02月14日 23:00

人が、そうでなくなる、瞬間に居た。

蛍光灯の様に。

無い、を見つけないと気付けない。

2015年02月12日 00:00

帰る場所が、ある。



蔑ろにしてた。
これは、とても、重要な事なのかもしれない。

鴨居、電線、対極。

2015年02月11日 22:42

人、とはなんだ。







自分、とはなんだ。





意思のネットワークの中。
そこに居る空気。
意思の断片。


それに全部触れてたら、

気が触れてしまいそう。


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